episode1 買い物は楽しいね。

  90代の女性。サービス付き高齢者住宅の一人部屋に住んでいる。

 

  時々何の話をしているのか、意味がつかめない時がある。

それでも自分の意見や思いをしっかり伝えてくれる。

「何かおかしいなぁ」とつぶやきながら、困った顔をされたり、何かを思い出したように急に楽しそうに笑ったり、表情豊かな方である。

 

 デイサービスがお休みの日、訪問介護のサービスに入った。

その日のサービス内容は、リネン交換、洗濯、部屋の掃除、トイレ誘導、車椅子にて買い物同行と盛りだくさんの内容。

私が掃除をしている時は、車椅子を自走して、さりげなく邪魔にならないように移動してくれる。

掃除をしながら、そんな彼女に「今日は掃除が終わったら、一緒に買い物に行きますよ」と声をかける。

すると、いそいそと棚の上にあるケースの中から鍵を取り出した。

そして部屋のドアの前まで行き、車椅子に座って、じっとドアの方を見て待っている。

「もう少し時間かかりますよ」と言っても、そこから動かない。

 

 掃除が終わる。

待ってましたとばかり、出かける気満々の意欲が伝わってくる。

「寒くないように上着を着ていきましょう」と声をかける。コートをはおり、ストールを巻くのを手伝う。

巻き終わると私の方を見て「手袋もしないとね」と言う。

  私が手袋を探すのに、マゴマゴしていると、「タンスの一番上の左の引き出しかな」と声がかかる。

言われた引き出しを開けてみるが、見当たらない。

「ほんとかなぁ・・」とちょっとだけ疑って探していると、たたんだタオルの下に、ちゃんと手袋があった。

ごめんね・・・。少し申し訳ない気持ちになる。

 

 外へ出ると「冷たい外の風もへっちゃらよ」とでも言いたいような生き生きと、キリッとした表情になる。

車椅子を押して近くの店へ向かう。まずは店頭のバナナをカゴへ入れる。

次に「これ欲しかったのよ~」と嬉しそうに生ラーメン、うどんを見つけ、手が伸びた。

「ごめんなさいね、これを買っても、部屋にはキッチンがないので調理が出来ないです」と伝える。

「あら、そう~」声のトーンが下がる。ちょっと残念そう。麺類がお好きだったのですね。

それでも、気を取り直して、すぐに口にすることが出来るジュースや一口羊羹、手作りパンのシナモンロールを自分で選んでいく。

支払を済ませた後で、「これも買わなくっちゃ」と言って、みかんを一袋追加する。

 

 住宅スタッフの「おかえり~」の声に、満面の笑みで応える。

 

 部屋に着くと、私に向かって「どうもありがとう、また行きましょうね」と、にっこり一言。

こちらこそありがとうございました。